第150回日本獣医学会学術集会
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市民公開講座・記念講演

 第150回日本獣医学会学術集会市民公開講座
 日時:平成22年9月16日(木)開場18:00、開演18:30 〜
 場所:とかちプラザ(レインボーホール)

【市民公開講座】
 座長 : 牧野 壮一 (帯広畜産大学動物・食品衛生研究センター長・副学長)
「帯広から国際獣医学への貢献」
 演者 : 五十嵐 郁男
 (帯広畜産大学原虫病研究センター教授 第150回日本獣医学会学術集会大会長)


【第150回日本獣医学会学術集会記念講演】
 座長 : 梅村 孝司 (北海道大学大学院獣医学研究科教授・日本獣医学会副理事長)
「鳥、ブタ、そしてパンデミックインフルエンザ」
 演者 : 喜田 宏
 (北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター長)

【市民公開講座 要旨】
「帯広から国際獣医学への貢献」
 五十嵐 郁男
 (帯広畜産大学・原虫病研究センター・教授)

 帯広畜産大学は、畑作・酪農を中心とした欧米の農業形態に類似した十勝平野に位置し、我が国で唯一の獣医畜産系単科大学として農畜産に関する基盤研究の実績にもとづく実践的な専門教育活動を展開して次世代の農畜産業を担う人材育成に努めて来ました。また、多くの国際的な共同研究や国際協力機構(JICA)などとの連携により多くの留学生を受け入れ、世界特に開発途上国の農畜産業の発展や人材育成にも大きく貢献してきました。平成16年度から、国立大学は法人化され、各大学は6年間の中期目標・中期計画を立て、強い学長のリーダーシップのもと、民間的な手法等も取り入れた大学運営により、その目標達成が求められています。そして6年後には,その達成度が評価され,大学の予算に反映されます。帯広畜産大学は、「食の安全確保に関わる人材育成を通じて,地域および国際社会に貢献すること」を大学の中期目標に掲げ、教育および研究の質の向上,地域及び国際社会との連携,効率的かつ効果的な大学運営の重要事項として推進してきました。その結果、全国87国立大学法人の中で、11位と高い評価を受けました。特に国際貢献については、平成14年に外務大臣表彰、平成19年に第4回「JICA理事長表彰」を受賞する等極めて高い評価を受けています。しかしながら、帯広畜産大学は、帯広市に位置しているにも関わらず、帯広市民の皆様には畜大でどのような教育・研究あるいは国際的な活動を行っているのか知らない方が多いと思います。そこで、第150回日本獣医学会学術集会の市民講座において、畜大特に獣医学分野における国際連携・貢献について紹介したいと思います。

1)なぜ国際連携・貢献が必要か?
 日本は食料の半分以上を輸入に依存しており、十分な量と共にその安全性の確保は国民に安全・安心な生活を提供する為に極めて重要です。特に日本にない感染症の侵入防止の重要性は、今回の宮崎での口蹄疫の発生の影響をみれば、明らかです。宮崎の感染地域の家畜の処分、感染拡大防止のための市民生活への制限、全国の畜産業への感染拡大の恐れ等全国的に大きな影響を与えています。また、国際的には、動物の感染症に関する国際機関である国際獣疫事務局(OIE)より口蹄疫の「非清浄国」と認定されたため、外国への牛肉の輸出が出来ない、あるいは発生国からの輸入を断れない等の影響が出ています。従って、清浄国への復帰は国内で安全な畜産物を確保ばかりでなく,我が国の畜産物の輸出振興にも重大な問題です。以上のように、世界的な人や動物及びその製品の移動は、国際的な貿易の振興に寄与するばかりでなく、それに伴い食の安全を脅かす危険性もはらんでいる事を認識する必要があります。また、これらの危険性を防ぎ安全な食物を食べる為には,国内ばかりでなく、外国の家畜の感染症を減らす為の技術的協力や人材育成、海外における感染症の最新情報の収集等の国際的な協力・連携が重要です。

2)畜大は具体的にどのような国際連携・貢献を具体的に行っているのか?
 家畜の健康や畜産物の安全確保には,獣医師だけあるいは国内の努力ばかりでも十分ではありません。そこで,畜大では、平成14年から5年間、文科省の21世紀COEプログラム「動物性蛋白質資源の生産向上と食の安全確保-特に原虫病を中心として-」により、1)全国共同利用施設である原虫病研究センターを中心とした獣医畜産領域における人畜共通特殊疾病の研究拠点の構築、2)獣医と畜産学が融合した大学院畜産衛生学専攻の設置、3)国際獣疫事務局(OIE)等の国際機関との連携により、「動物食肉乳製品の安全監視」に関するアジア地域 NO.1の研究教育組織を目指しました。その結果、平成18年度に本学独自の大学院畜産学研究科畜産衛生学博士課程が設置されました。「食の安全」に関する大学院としてその独自性は世界的にも際立っており、学生の3分の1以上がアジア・アフリカ地域からの留学生であります。本プログラムは更にグローバルCOEプログラム「アニマル・グローバル・ヘルス」開拓拠点に発展し、地球規模の畜産衛生分野の展開に携わることができる、国際的に卓越した専門家の育成に取り組んでいます。またこれと平行して、原虫病研究センターと動物・食品衛生研究センターは国際協力機構(JICA)との連携により、原虫病や食の安全に関する集団研究コースを15年以上に渡り実施しています。更に、原虫病研究センターは、平成19年に3種類の原虫病についてOIEのリファレンス・ラボラトリー、平成20年に「動物の原虫病に関する監視と制圧」に関するOIEコラボレーティングセンターに認定されました。原虫病専門のOIEコラボレーティングセンターは世界初であり、かつアジアで最初のOIE認定コラボレーティングセンターであり、世界の畜産振興と畜産物の安全性確保をめざした家畜原虫病対策に関して専門的見地から主導的役割を期待されています。以上のように、畜大は欧米型の農業形態に類似した十勝平野に立地している特徴を活かし、国内ばかりでなく、国際的な畜産物の安全・安心を担う研究、人材育成に これまで以上に努力していく計画であり,市民の皆様の一層のご理解とご支援を宜しくお願いします。
【第150回日本獣医学会学術集会記念講演 要旨】
「鳥、ブタ、そしてパンデミックインフルエンザ」
 喜田 宏
 (北海道大学大学院獣医学研究科教授 同大人獣共通感染症リサーチセンター長)

 H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスによる家禽と野生水禽の被害が、ユーラシアとアフリカの62カ国に拡がった。内15カ国では、6年間に、計499名のヒトがこのウイルスに感染し、295が死亡している(2010年6月 8日現在)。中国、ベトナム、インドネシアと、2006年からはエジプトが、家禽に不活化ワクチンを接種して、摘発淘汰が徹底されなかったために、H5N1ウイルスが10年以上も感染を拡大し、抗原変異まで起こしたのである。さらに、これら4カ国で、ヒトのH5N1ウイルス感染例数の87 % を占めている。

 斯かる背景の下で、H5N1鳥インフルエンザウイルスがヒトにおける伝播能と病原性を獲得してパンデミックを起こすのは、秒読み段階との妄想を基に対策が執られた。日本では、プレパンデミックワクチンと称して、不活化H5N1ウイルス完全粒子に水酸化アルミニウムゲルをアジュバントとして加えたワクチンを成人のみならず、3歳以下の幼児を含む6,000人余に接種する臨床試験が実施された。幸い、大きな問題は起きなかったが、このような暴挙に走ったのは、日本だけである。

 鳥インフルエンザ対策の基本は、まず、「感染家禽の摘発、淘汰により、被害を最小限にくい止めるとともにヒトの健康と食の安全を守る。鳥インフルエンザウイルスの感染を鳥だけで終わらせる。」ことである。次に、「過去のパンデミックウイルスの出現にブタが関与したことには疑いがないので、ブタインフルエンザの疫学調査を、特に鳥インフルエンザの多発地である中国、東南アジア、北・中米で不断に実施する」ことである。2004年以来、これらをOIE(国際獣疫事務局)、WHOと各国に提案してきた結果、本年になってOIE の鳥インフルエンザ対策の指針に記述されることとなった。  2009年4月、メキシコで、ブタ由来H1N1インフルエンザウイルスがヒトに伝播して、米国にその感染が拡大していることがわかった。WHOは6月に、パンデミックの段階に至ったと宣言した。日本では、これを「新型インフルエンザ」と呼び、流行防止を図ろうとしたが、対策に一貫性は見られなかった。そもそもブタのウイルスがヒトに伝播してすぐに、ヒトに高い病原性を示すことはない。鳥インフルエンザウイルスも同じである。インフルエンザウイルスの病原性は、感染した宿主体内における増殖の速さと量によって決まるからである。これがヒトからヒトに感染伝播を繰り返すうちに、ヒトでよく増殖する子孫ウイルスが選択される結果、ヒトに対して病原性を示すのである。したがって、パンデミックの第二波を起こすウイルスの病原性が高いのは謎ではなく、当然である。アジア/57(H2N2)新型インフルエンザウイルスは5月に日本で最初の流行を起こし、香港/68(H3N2)新型ウイルスは7月に登場した。何れもその後、冬に季節性インフルエンザを起こしている。第二波はすなわち、季節性インフルエンザである。

 季節性インフルエンザウイルスこそ病原性が高いのである。現に、この度のブタ由来H1N1パンデミックウイルスは、出現してから1年間に、214カ国に感染が拡がったが、確認された死亡者は18,209名(5月23日現在)に止まり、季節性インフルエンザによるそれの百分の1以下である。

 日本だけで毎年数千名以上を死亡させ、数百名以上に脳症、多臓器不全を起こしている、季節性インフルエンザウイルスこそ、恐るべき相手なのである。季節性インフルエンザ対策を放置して、新型、新型と大騒ぎするのは見当違いである。日本政府は、一千億円超を投じてこのブタ由来H1N1ウイルスワクチンを一億ド―スも国外企業から輸入するという途方もない契約を交わしてしまった。これまで日本の季節性ワクチンの年度毎の総接種量でさえ、三千万ド―スを超えたことはない。輸入品のほとんどが使われずに廃棄されるであろう。

 インフルエンザのような人獣共通感染症については、自然界から人間社会に至る病因微生物の生態、伝播経路、感染と宿主生体の応答としての発症、免疫と宿主集団の疫学をトータルで捉えて、対策に活かす視点が欠かせない。昨今のインフルエンザ騒動は、斯かる姿勢が定まらない、いわゆる専門家、行政とメディアの誤解と妄想に基づく大合唱によって引き起こされたものである。感染症の本質を踏まえた、筋の通った情報発信が欠けていた。危機管理とは一般市民に安全・安心を齎すための方策であって、徒に危機感を煽ることではない。